国立広島商船高等専門学校
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広島心学

「磨種」は今も生きている  広島心学と広島

中道豪一(流通情報工学科・非常勤講師)

nakamichi2_1神道(しんとう)、仏教、儒教。これらはみな人間の心を磨(みが)くための「磨種(とぎぐさ)」である。この教えを今から数百年前の京都で説いたのは、当代一流の学者ではなく一介の町人だった。名を石田梅岩(いしだばいがん)という。梅岩の教えは石門心学(せきもんしんがく)と呼ばれ全国を席巻したが、広島がその有力な拠点だったことを知る人は少ない。広島市中区の大手町かいわい。区役所の道路向かいにある小道を入り、しばらく歩くと右手に長久寺(ちょうきゅうじ)の山門が見える。墓地に眠る矢口来応(やぐちらいおう)夫妻こそ広島に心学を広めた人たちだ。被爆後は平和記念公園になった旧天神町、あるいは比治山の川筋あたりにあった旧土手町には心学を教え広める場があったという。
梅岩はあらゆる人に向かって教えを説いた。自身が商人であり、商人もその教えを支持したことから、日本の商人道徳の起こりとも評される。その教えを現代に照らして考えるなら、ひとえに「心のありかた」へのアドバイスだった。

長久寺
長久寺

垢まみれの日常
人の悩みや苦しみは「生まれながらの心」についた垢(あか)が原因だ。だから垢を自覚し心本来の姿を知ることで、垢にまみれざるを得ない日常を生き抜く術を考える。大ざっぱだが、これを心学は説いている。
ゆえに心学者たちは「垢を落とす」、すなわち「生まれながらの心」を知ることに工夫を凝らした。面白い話を取り入れ、教えに触れてもらう為に施印(せいん)といった印刷物を用いた。子どもにはスタンプカードのようなものまで作っている。知り得たものを日常の生活や仕事にどう反映させるか。その点に力を注いだ。
江戸時代の心学の教えは、現代人には分かりにくいものが少なくない。しかし、まずは自分の心というものを「生まれながらのもの」と「そうではないもの」に分けてみるといい。
そのうえで冒頭に挙げた「神道、仏教、儒教といった教えは人間の心を磨く磨種」という言葉を考えると実に味わい深い。それぞれに教えがあるにせよ、人の心を磨くという一点を見つめた時、それは相反する存在ではないと言っているのだから。心や宗教と日常生活が連携する姿を、色鮮やかに描き出している。
江戸時代の広島城下―。手間賃のもめ事で、滞納先に殴り込みをかけようとする権六(ごんろく)という大工がいた。その道すがら、当代を代表する心学者大島有隣(おおしまうりん)の講演に足を止める。どれくらいの間、耳を傾けたかは分からない。しかし「邪(よこしま)な人に会った時、どう対処するか?」というところに話が及んだ時、権六に衝撃が走った。
今の自分の姿が「生まれながらの心」といかに違っているか、気付かされたのだろう。「邪な 人とてさらに うらむまじ 心をミがく 種とおもヘハ」とは権六の歌と伝わる。
怒り消え新境地
滞納に対して怒りの感情が湧き出るのは当然である。しかし自分の怒りも相手の滞納も心の垢ではないか。「生まれながらの心」に立ち返り、大工という立場でどう事に臨むか。そう考えた時、怒りでも諦めでもない感情が芽生えた。そして、その後心学を修めることで、人の悩みや苦しみを知る。心学に触れた広島人の姿を伝える逸話である。
この話の舞台となったのが、今の平和記念公園あたりにかつてあった誓願寺(せいがんじ)だ。原爆で焼失した後、西区三滝本町に再建された。当洗心欄の今の題字を揮毫された住職のお寺でもある。
広島という土地への愛は多種多様で構わない。だが広島を愛し、いにしえに奮闘努力した人たちの思いに触れることで、その愛情は磨かれ輝きを増していく。
神道・儒教・仏教を磨種として広島人の心を磨いてきた石門心学。今度はその存在を磨種として広島を考え直す。その時代の転換点に私たちは立っているのではなかろうか。


中道豪一 神道学者
1978年広島市生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。神道学博士。国立広島商船高等専門学校非常勤講師。専攻は神道教育、神道思想、神道祭祀(さいし)。厳島や大崎上島などの歴史研究、石門心学の研究・継承にも携わる。広島市中区在住。


寄稿日:2014年5月 公開日:2014年6月5日

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