国立広島商船高等専門学校
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郷土史電子化と聞取調査

郷土史家による刊行物の電子化と聞取調査
―金原 兼雄氏・馬場  宏氏に焦点を絞って―

中道 豪一(流通情報工学科)

概要

本事業は報告者が平成24年から継続させている離島における民俗文化研究で判明した諸課題を改善する為に企画した。具体的には離島における文化伝承環境を整える為,郷土史家による刊行物の電子化作業と聞取調査を実施した。
事業進行においては大崎上島在住の郷土史家(金原兼雄氏,馬場宏氏)による主要刊行物(金原『ふるさとの伝承』,馬場『近世の東野村』ほか)の電子化を最優先課題とし,その作業を「単なる郷土資料保存作業」ではなく,「優れた郷土史を広く発信する為の基礎作業」として運用するよう心掛けた。よって電子化作業に加え,対象資料にまつわるエピソードや刊行物で扱われている事例についての聞取調査を行うだけでなく,常に島内の教育活動動向を視野に入れ,本事業の成果をどのように活用するか?という目的意識のもと作業を進行させた。
事業は良好に進行し,当初目的としていた主要著作の殆どを電子化できたのみならず,これまで確認できなかった刊行物を発見できたことは「地(知)の拠点整備」に携わる事業として意義深い。また調査過程で両氏の新しい業績も解明でき,想定以上の成果を挙げることができたのは特筆すべき事項である。さらに企画段階ではあるが,本事業の成果を活用した郷土学習用テキスト作成計画も動き始めた。
本事業の展望としては,今後も「電子公開に向けての部分修正」「今回手の及ばなかった著作・刊行物の電子化」を進行させると共に,大崎上島で進行する教育重点化戦略を視野に入れた資料活用事業を企画している。

キーワード 郷土資料保存/電子化/離島民族研究

 1.はじめに

郷土研究・郷土学習・修学旅行の事前学習等の目的から大崎上島の歴史・民俗・文化を調べようとした時,現時点で最も手軽にアクセスできる情報源がwebサイトであろう。広島県や大崎上島町のHPの他,大崎上島観光協会の「大崎上島観光ナビ」1)や特定非営利活動法人かみじまの風が運用する「Legend of Osakikamijima」2) ,個人の運用する「大崎上島備忘録」3)「取釜ひろゆき@大崎上島定住支援プロジェクト」4)「大崎上島ウルルン住民記」5)を始めとするサイトは大いに参考になる。また岡本醤油・亀田農園・神峯園・清風館・ファームスズキ・フルーツセンター文田などの島内企業に関するサイトも見逃し難い情報源となろう。
さらに詳しく調べようと自治体の関わった書籍を繙くならば,福本清著 東野村編『大崎上島東野村史』上巻(昭和37),大崎町史編修委員会編『大崎町史』(大崎町 昭和56)や大崎町役場ほか編『大崎上島』(千曲出版社 昭和59),福本清著 東野村編『大崎上島東野村史』上巻(昭和37)等が参考になる。この他,研究者向け書籍から観光案内本・エッセイ集・写真集に至るまで大崎上島を扱った刊行物は各分野にわたり少なからず存在しており,先人の活躍によって一定の知的環境が構築されていることが確認できる。
そうした状況を俯瞰し,本年度,人文学研究の立場から離島振興に向け提案した事業が郷土史家による刊行物の収集と公開である。平成28年1月現在,大崎上島には金原兼雄氏と馬場宏氏という郷土史家が存在している。両氏とも大学等の研究機関で専門的訓練を受けた研究者ではないものの,一次史料の読解や現地調査,研究成果の一般への発信,文化財保護活動など郷土史研究において見逃し難い功績を挙げている。例えば若本正編『木江中発未来に伝えたい大崎上島の伝承』(木江中学校閉校記念事業実行委員会 平成21)や前掲のHP「Legend of Osakikamijima」は金原氏の研究成果に依拠するものであるし,廃棄されるはずであった大崎上島関係史料を保存・読解し,複雑な郷土史について写真を交え分かりやすく説いたのは馬場氏の功績である。
ではなぜそうした功績ある郷土史家の刊行物を収集し公開する必要があるのだろうか?それほどの人物であれば,既に何らかの取組みが為されているのではないか?という疑問もあろうが,なんと両氏の刊行物をめぐる環境は危機的状況に瀕していると言わざるを得ないのである。では危機的状況とは何か?それは両氏の刊行物が多く刷られていないことから,閲覧しにくい状況が存在しているのみならず,全著作を1カ所で閲覧できる公共図書館が存在しない状況を指す。金原氏には『ふるさとの民話』,馬場氏には『近世の東野村』を始めとする数々の著作が存在するが,大崎上島は勿論,広島県立図書館,さらには東京の国会図書館においても,両氏の全著作をどこか1カ所で閲覧することは難しい。また金原氏作成の小冊子に至っては,殆ど流通していない状況である。勿論「郷土史関係の著作において珍しいことではない」という指摘もあろうが,「地(知)の拠点」を標榜する組織としては看過し難い状況というほかない。
そこで本事業は両氏による刊行物の電子化(PDF化)を最優先課題と定め,公開にむけての関連作業を企画・実行した。

2.事業内容 ―電子化作業と聞取調査―

報告者はCOC事業開始前より大崎上島の郷土研究に携わり,本事業はその成果に基づき運営された。事業内容は大きく分けて「①対象資料の収集・電子化」と「②聞取調査」の二点である。

2-1 電子化作業の必然性 ―両氏の刊行物が閲覧できない―

報告者が平成24年から継続させている研究活動の一つとして「大崎上島文献リストの作成」6)がある。これは吉野亨(國學院大學特別研究員)の協力のもと,大崎上島に関する約350の文献を調べ上げ「市町村誌」「市町村資料」「歴史資料」「歴史・民俗」「伝承・民話・方言」「農林水産業・工業」「離島振興」「観光」「教育」といった項目別に分類したものである。そこから金原兼雄・馬場宏両氏による研究成果が浮かび上がってくると共に,その刊行物が閲覧しにくい状況にあることが判明した。なお刊行物については,島内は勿論,広島県立図書館・国会図書館に至るまで,両氏の全刊行物を閲覧できる状態にないうえに,両氏の手元にも新たに配布できる余裕がない状況であった。

2-2 電子化作業 ―資料の収集と電子化―

本年度事業の作業対象としたのは以下に示す刊行物である。【金原兼雄氏=『ふるさとの民話』『ふるさとの伝承』『続 ふるさとの伝承』『ふるさとの伝承 巻3』その他関連資料約200点以上,馬場宏氏=『近世の東野村』(東野町シリーズ1)『東野村と船』(東野町シリーズ2)『學び舎』(東野町シリーズ3)『近世から近代へ』(東野町シリーズ4)『移りゆくとき』(ふるさとひがしのシリーズ1)『移りゆくとき』(ふるさとひがしのシリーズ7)『移りゆくとき』(ふるさとひがしのシリーズ9)】
刊行物については報告者の所蔵資料を元に収集を行い,収集不能なものについては両氏から現物を拝借し作業を行った。その際,図書の全頁複写・公開に関する許諾等の手続きを踏み,関係法令の順守や知的財産の保護についても留意するよう心掛けた。なお金原氏の刊行物については,既に電子化作業に着手していた取釜宏行氏の協力を仰ぎ事業を進行させた。

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3 .成果

関係者の協力のもと事業は順調に進行し,現時点(平成28年1月時点)で作業予定の9割が終了している。PDFデータは刊行物ごとにファイルで保存し,その数は200を超えている。また対象刊行物についての逸話も御教示頂き聞取調査も概ね成功したといえよう。以下,課題等の成果に付随する事項を記す。

3-1 残された課題 -修正箇所の編集と未着手資料の電子化-

現在はweb公開へ向けての「両氏の指摘する修正箇所の反映作業」に進む段階に差しかかっているといえるが,未だ金原氏の関連資料をはじめ,馬場氏の『うすじま 人と暮らしと自然の記録』など本年度に着手できなかった刊行物が存在する。そのため,次年度も作業を継続させていく必要性があると考えている。

3-2 本事業の成果を元にした発展的企画 -大崎上島を学べるテキスト-

企画段階ではあるが「大崎上島学」に関連した学習テキストの作成を,地域住民と計画している。これは報告者が独自で動いているもので,大崎上島で活躍している「人」のエピソードを中心に,郷土の歴史や文化を学べるテキストである。既に数名のインタビューが終了しており,そのテキストに両氏の刊行物の抄録だけでなく,両氏のエピソードを挿入することを考えている。

3-3 本事業の想定外の成果 -両氏の知られざる研究成果-

まず馬場氏に福本清著 東野村編『大崎上島東野村史』上巻(昭和37)の内容へ指摘を加えた成果が存在することを確認させて頂いた。史料を丹念に繙き現地に赴いた研究の成果で,価値ある業績であることを指摘しておきたい。次に氏が所蔵する多数の歴史史料や写真を閲覧させて頂いたのも想定外の成果であった。そこには当時の船乗りが桜田門外の変を見聞きした内容を残したと思われる書状も存在している。
金原氏においては昭和前期の海外組織に関する貴重な資料と経験を有しておられることが判明した。これは資料調査に伺った際,机上に置かれた資料に関心を示したことに起因することだが,生存者も少ないことから,氏の証言自体が価値を持つことを指摘しておきたい。

3-4 本事業進行から指摘できる問題点 -郷土文化に対する意識のずれ-

本事業を進行するにあたって浮上した問題点が「郷土文化に対する意識のずれ」である。両氏や報告者は人文学研究の世界に身を置くことから,歴史史料や書籍等資料の役割や意義について共通認識が構築されている状況にある。もちろん研究者の意識と非研究者の意識を一致させることに困難が伴うことは言うまでもないが,ここで問題としたいのは「郷土の文化を大切にするために何が必要なのか」という事実に対する「意識のずれ」である。郷土文化研究に関しては「誰かがやってくれる」「その成果は無料で享受できる」意識が無意識に存在しており,「文化事業に手間暇をかける必要性を感じない」と指摘される場面に直面した。これまで郷土研究を実践した「誰か」が高齢となり,「その成果」を閲覧することが難しくなっていることが認識・共有されていないのである。これは研究者側にも,研究と実際問題の関連性をアピールする必要性があることは言うまでもないが喫緊の課題である。知識伝承の廃絶ということ以上に,その状況を改善できる状況にあって,何ら有効な手を打たなかった‥ということの責任は重いのではないだろうか。その意味で本事業は,そうした「意識のずれ」を認識・共有する役割を持っていると考える。

4.まとめ

広島県の「瀬戸内海の道構想」をはじめ「瀬戸内しまのわ」関連イベントを見ても瀬戸内海域への注目度は高まっている傾向にあるといって過言ではない。大崎上島においても湯崎英彦知事による平成26年度第5回県政知事懇談「湯崎英彦の地域の宝チャレンジ・トーク」を大崎上島町の東野で開催されたことは記憶に新しいし,修学旅行誘致や定住促進事業も着々と成果を挙げていることも特筆すべき事項であろう。
そうした中,大崎上島を代表するものとして「みかん・ブルーベリー」といった特産物が衆目を集めているのは周知の通りだが,ここに「教育」が加わろうとしている。高田幸典町長が地方創成に向け特色ある取組みを展開する中で,大崎上島町が「教育の島」に向けて舵を切ったことは見逃し難い。7)特に大崎海星高等学校の「神峰学舎」等を始めとする取組みは,今まで以上に注目を集める可能性が高い。
COC事業に携わる一人の研究者・教育者として,そうした前向きな活動に寄与できるよう研究・教育活動に取組む必要性を感じている。人文学研究は運用を誤ると「価値なきもの」と断じられる可能性が高い。しかし人文学研究が郷土の文化を語り継ぐ営みに寄与できる力があることは間違いない。よって現在動いている地方創成・離島振興の取組みを意識して研究を展開していくことこそ喫緊の課題であると考える。
現在,大崎上島では「大崎上島学」が提唱され小中学校などで運用されている。私の研究目標は,そうした教育現場で活躍される先生方,さらには郷土文化教育に携わろうとする人々にとっての「知の拠点」形成に寄与することである。これまで閲覧しにくかった両氏の刊行物が電子化のうえ公開され,学習環境が整備されることはその目的に合致するものと考える。
この事業が成功をおさめ100年経過したとしよう。その際,平成28年頃に構築された「知の拠点」が一つのマイルストーンとなり,子孫たちが活用してくれるなら何とも痛快であるし,そうしたビジョンを描き事業を推進することが重要ではなかろうか。その意味で,両氏の刊行物は大崎上島を愛し,その文化を次世代へ伝えようとした想いの結晶であり,知の拠点を構築する堅牢な礎石になると確信している。この意識のもと本事業を継続させ,新たな展開も視野に入れ柔軟に研究を進めていきたい。

参考文献
1)HP「大崎上島観光ナビ」http://www.osakikamijima-kanko.jp/
2)特定非営利活動法人かみじまの風HP「Legend of Osakikamijima」
http://kamijimanokaze.jimdo.com/
3)HP「大崎上島備忘録」http://waqwaq500.blog.shinobi.jp/
4)HP「取釜ひろゆき@大崎上島定住支援プロジェクト」
http://blog.livedoor.jp/hiroyukikamijima/
5)HP「大崎上島ウルルン住民記」http://blog.goo.ne.jp/kaidenma
6)これに関しては報告者が関連文献リスト事業に携わっている。広島商船高等専門学校COC事業HP中道豪一「大崎上島研究における基礎的調査―関連文献リスト作成に伴う地域住民の聞取調査と史跡調査―」(http://COC.hiroshima-cmt.ac.jp/research/culture/o_island_reseach/)
7)「経済レポート」2574号(平成28年1月5日)高田幸典

(公開:平成28年5月)

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