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瀬戸内海の古典文学

瀬戸内海と日本古典文学-豊かな心・生きる力・規範意識を育む教育の事例-

朝倉 和(一般教科)

概要 報告者は今年度,「2年古典」及び「専攻科 比較文学思想論」において,「瀬戸内海と日本古典文学」シリーズの第1回目として「鞆の浦」(広島県福山市鞆地区)に注目し,同地で大伴旅人(665-731)が詠んだ和歌3首(『万葉集』巻第3所収)を取り扱った。我が国の古典作品を通して,まずは学生達に瀬戸内近郊地域・社会への興味や関心を持たせることが第一目的であったが,このことは,授業後のアンケート調査や,その一部に当該歌を出題した学年末試験を経て,ほぼ達成されたと言っても過言ではないだろう。加えて,最愛の妻を亡くし,悲嘆に暮れる作者旅人の喪失感・悲愴感・無常観を,時空を超えて読み解かせることにより,学生達の「豊かな心,生きる力」の育成を促進させる効果があったのではないかと自負している。

キーワード 瀬戸内海と日本古典文学/鞆の浦/万葉集/大伴旅人

1 はじめに

報告者は今年度,「2年古典」及び「専攻科 比較文学思想論」において,「瀬戸内海と日本古典文学①-鞆の浦」と称して,大伴旅人が「鞆の浦」で詠んだ和歌3首(『万葉集』巻第3所収)を取り扱った。まずは大崎上島と同じく瀬戸内海に面し,最近も話題に事欠かない「鞆の浦」に注目することにより,学生達が瀬戸内近郊地域・社会へ興味や関心を持つことを期待しての所為である。と,同時に,今から約1,300年も前の人々が瀬戸内海を目の前にして,何をどのように考えていたのか,また,それらは現在,同じく瀬戸内近郊で生活している我々と連続性があるのか,忘れ去られているのか等を一緒に考えることにより,学生達の「豊かな心,生きる力および規範意識の育成」を促進する狙いがある。

2.教育内容

鞆の浦は沼隈半島の南端に位置しており,古来から潮待ちの港として栄えてきた。「足利は鞆で興り,鞆で滅びた」(頼山陽)とか,「日東第一形勝」(福禅寺対潮楼)と評され,朝鮮通信使の寄港地としても有名である。また,近年では,宮崎駿監督が『崖の上のポニョ』(2008)の構想を練った場所としても脚光を浴び,ヒュー・ジャックマンがハリウッド映画(「ウルヴァリン:SAMURAI」2013)の撮影に来たり,AKB48のメンバー(岩佐美咲)が「鞆の浦慕情」(2014)という演歌を歌っている。
さて,今から遡ること約1,300年前,この鞆の浦で大伴旅人が以下のような和歌を詠んでいる(『万葉集』巻第3・挽歌)。

天平二年庚午の冬十二月に,大宰帥(だざいのそち)大伴卿(まへつきみ),京に向ひて
道に上る時に作る歌五首

446 我妹子(わぎもこ)が 見し鞆の浦の むろの木は 常世(とこよ)にあれど 見し人ぞなき
447 鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも
448 磯の上に 根延(ねば)ふむろの木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか
右(ママ)の三首は,鞆の浦を過(よぎ)る日に作る歌。

旅人は天平2年(730),太宰帥の任を終えて,奈良の都に上京する際,鞆の浦にてこの3首を詠んだ。3首の部立は「挽歌」(人の死を悲しむ歌)で,旅人は「むろの木」を見ながら,任地(太宰府)で亡くなった妻(大伴郎女)のことを思っている。ちなみに「むろの木」はひのき科の常緑低木で,鞆の浦の仙酔島には,今も多いと聞く。寿命をつかさどる神の木(霊木)ともみなされており,往時,旅人夫妻は一緒に鞆の浦に上陸し,航海の安全や息子家持(『万葉集』の編者)の成長を祈りながら,むろの木を眺めたことだろう。それ故に鞆の浦に再上陸し,今度は一人でむろの木を眺めなければならなかった旅人の心中は,妻を亡くした喪失感や悲愴感に溢れており,永遠性を有するむろの木と,束の間の人生の終焉を迎えた妻郎女とを対比することにより,この世の無常(生命無常)を実感せざるを得なかったと推察される。なお,現在,鞆の浦には,福禅寺・対潮楼の石垣下(写真1),鞆城跡(写真2),医王寺境内(写真3)に,それぞれ当該歌の万葉歌碑が建っており,その傍らにはむろの木も植えられている。

報告者は,授業に向けてプリントを準備した(資料1)。そして,このプリントを利用して,以下の手順で授業を進行した。

① 鞆の浦の概要・歴史・鞆の浦を舞台とした作品等の確認,大崎上島との立地的な共通点(瀬戸内近郊地域)を意識化させる。
② 当該歌3首の紹介と,それらを収録する『万葉集』の文学史的事柄の確認
③ 当該歌の詠作状況の確認。「挽歌」というジャンル,446番歌の詞書,448番歌の歌後の注に注目。
④ 学生を指名し,和歌を朗読させて,「見る」という動詞が頻出することに気付かせる。また,「我妹子」「妹」と「むろの木」に注目させる。
⑤ 446番歌の解釈と図示・・・旅人夫妻は一緒にむろの木を「見る」ことによって何を考えていたか。「永遠と死(束の間)」の対立構造から浮かびあがるものは何か。
⑥ 447番歌の解釈と図示・・・「将来(未来)と過去」の対立構造から浮かびあがるものは何か。
⑦ 448番歌の解釈と図示・・・むろの木が神木(霊木)であり,根の国(黄泉の国)に通じていることに気付かせる。「根延ふ」に注目。「死後と現世」の対立構造から浮かびあがるものは何か。
写真1
写真1 福禅寺・対潮楼の石垣下
写真2
写真2 鞆城跡
写真3
写真3 医王寺境内

3.教育効果

授業の後,自由提出形式のアンケート調査を実施した(資料2)。学年末試験直前の慌ただしい時期で,しかも調査期間が短かったにもかかわらず,2年生の学生達は積極的にアンケートに協力してくれた(1組〔47名〕:28名提出,2組〔46名〕:33名提出,3組〔45名〕:35名提出)。この事実だけからしても,学生達に鞆の浦や瀬戸内近郊地域への関心・理解を芽生えさせるという,当初の目的は達成されたと言っても過言ではないだろう。「一度は行ってみたい」「ポニョの舞台と知ってびっくりした」という類の感想が多い中,次のような興味深い感想も見受けられた。

・ 大切な人と共に見たものを,帰り一人で見るというのは,相当辛いものだと感じた。(1組男子)
・ 僕たちが生活している広島は,海がとても身近にあり,それは今も昔も変わらず,多くの人によって利用されているということがわかった。また,自分達が生活している大崎上島との関連性を探していくと,もしかしたら昔の有名な人達が来ていたかもれしないと思えるようになった。(1組男子)
・ 海は女の神様が居ると言われているので,鞆の浦が海に隣接しているという点と,鞆の浦には妻と見たむろの木があるという点から,神様とむろの木の力で,大伴旅人の亡くなった妻への思いが叶うような気がします。愛する人が亡くなったらなかなか立ち直ることは難しいと思いますが,元気出して一歩一歩前進して欲しいです。(1組女子)
・ 歴史的背景はあまり詳しくないし,むろの木も近場で見ているので,あまり興味はないが,ロケ地としては興味があるので,近くに行くことがあったら見てみたい。また,貴重な文化財があったり,当時の風景が多く残されているので,観光するならゆったり歩き旅してみたいと思った。(1組男子)
・ 広島県にもたくさんの日本古典文学の作品に関連した場所があるのを知ってびっくりした。これからも機会があれば,調べていきたい。(2組男子)
・ 愛する者に先立たれ,哀しさを堪え,生きていく姿はとても可哀想で,その哀しさを挽歌として残した大伴旅人をすごい人だと思った。(2組男子)
・ 感動するほどの夫婦の愛が伝わってきた。昔の人も今の人もそんなに変わらないなぁと思った。(2組男子)
・ 作者が奥さんを亡くして悲しいが,風景は変わらないという考えが胸に響き,自分まで悲しくなった。(3組男子)
・ 昔の人も,今の人と同じように,自分の大切な人のことを思う気持ちがあることを知って,今の自分達は,その気持ちがあったからこそ生きていると思い,感動した。(3組男子)
・ 3年生になったら航海実習で「広島-神戸」に行くので,その時に見たいと思った。(3組男子)

ここには,鞆の浦や大崎上島を含む,瀬戸内近郊地域への関心・理解とともに,時空を超えて,最愛の妻を亡くし,悲嘆に暮れている作者への同情や共感,思いやりやエールが記されており,学生達の「豊かな心・生きる力」の醸成を感じずにはいられない。教育者としては,まことに嬉しい限りである。

4.まとめ

今回は「瀬戸内海と日本古典文学」シリーズの第1回目として「鞆の浦」に注目し,同地で大伴旅人が詠んだ和歌3首を取り扱った。初めての試みなので,当初,学生達は戸惑っていたような感があるが,アンケート調査や,その一部に当該歌を出題した学年末試験を経て,まずは瀬戸内近郊地域・社会への興味や関心を持たせるという,報告者の趣旨を十分に理解してくれたようである。今後は大崎上島を筆頭に,須磨(兵庫県神戸市須磨区)・明石(兵庫県明石市),一ノ谷(神戸市須磨区)・屋島(香川県高松市),厳島(広島県廿日市市宮島町),赤間関・壇ノ浦(山口県下関市)等に注目しながら,日本古典文学を通して瀬戸内近郊地域・社会への興味や理解をさらに深め,将来,この地域に貢献できる人材を育成したいと考える次第である。

資料1
資料1 配付プリント(学生添え書き事例)
資料2
資料2 アンケート調査回答事例(自由提出形式)

(原稿受理:2014年2月 公開日:2014年3月10日)

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